鉄フライパンが欲しい日々

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バーニング 劇場版(納屋を焼く)レビュー 

劇場版 バーニングを見ました。

イ・チャンドン監督の映画「バーニング」をアマゾン・プライムで視聴しました。

原作は村上春樹「納屋を焼く」です。

2018年に韓国で映画化され、数々の賞を受賞。

 

バーニング 劇場版(字幕版)

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  • 発売日: 2019/08/07
  • メディア: Prime Video
 

 

 

村上作品の実写映画化といえば、1981年の「風の歌を聞け」、2010年の「ノルウェイの森」が僕の中で印象的です。(完成度はさておき・・・)

 

今回の「納屋を焼く」に関しても、正直そこまで期待はしていませんでした。

しかし、見てみると、作品の雰囲気の踏襲具合や、監督の解釈が精密に表現されておりり、傑作でした。

 

以下、僕なりに感じたことを書いていきます。

 

螢・納屋を焼く・その他の短編(新潮文庫)
 

 

 

面白かったところ

作品全体の雰囲気

「まるで、ギャッツビーだ・・・」

韓国の田舎と都会の壮絶なギャップ。主人公と謎の男ベンのギャップ。

このあたりが残酷なまでのフラット感で投げかけられています。

 

また、謎の消失を遂げる「女」の話し方や原作にはない「グレート・ハンガー」のダンスのシーンは圧巻。

 

上記のダンスシーンもですが、作品全体で通奏低音のように流れるうなり、音楽、自然の雄大さ。

いい意味で村上作品の「雰囲気」を出しています。

 

原作もそうですが、作品全体が冷たい温度感で覆われている(覆うことができている)ことも好印象。

 

象徴としての井戸、そして「納屋を焼く」

作中で「井戸に落ちたことがある。そこから助けてくれたのがあなた(主人公)」という趣旨の発言を「女」がします。

村上春樹おなじみの「井戸」が登場します。

 

しかし、井戸のことを覚えているのは主人公と女と主人公の母親だけ。他の人は存在すら知りません。

 

井戸とはなんなのか。そして、多くの村上作品では井戸は主人公が訪れる場所。その主人公が井戸の存在を最初は思い出せなかったことなど、謎は深まります。

 

また、原作でもそうですが、主人公に「近々、このあたりのビニールハウスを焼く」と宣言した男。

主人公はあたりのビニールハウスを見て回り始めるが、変化はなし。

男に聞くと、「もう焼きましたよ。きれいさっぱり」と言う。

 

納屋(ビニールハウス)を焼くとはどういう意味なのか?

 

個人的な解釈では、納屋とは、「主人公の中にある、彼女という存在のための場所」なのかな?とも思ったり・・・

 

パントマイムのくだりなど、「存在」という点にフォーカスしています。

見た後は、自分という存在、自分にとっての他人という存在、そしてそれらのあやふやさへの不安感。胸の中にある、ごく小さな不安をじんわり刺激する作品でした。

 

衝撃のラスト

ラストシーンに関しては完全に監督の解釈。

原作とは全然違います。

 

先程述べた、存在への不安について、圧倒的な「暴力」への昇華で締めくくっています。

気になる人はぜひ見てみてください。

 

ちょっと微妙なところ

これは村上作品の実写化には付き物ですが、やっぱり原作の雰囲気や魅力を完全に出し切っているとは言えないです。

で、その原因が何かな~と僕なりに考えてみました。

 

登場人物からどうしても「人間くささ」が出てしまう

 

この一点に凝縮されているのかなと。

 

原作では、スマートに家事をこなしたり、淡々と見たものを描写したりしているところが、映像ではその他のすべてが映されてしまう。

他の人物の表情や、雑踏の様子、主人公の表情の変化などが出てしまうからこそ、村上春樹特有のリズムが崩されている感覚がします。

 

この点については、実写映画という媒体での表現と、村上作品のアイデンティティがぶつかり合っているので解決しないんじゃないかな。

 

まとめ

総合的に見て、この「バーニング(納屋を焼く)」は村上作品の映画の中ではおすすめできる部類になります。

 

原作を知らない人でも問題ない内容になっているので、「シリアスな映画が見たい!」という時にぜひ

 

次は、ハナレイ・ベイも見たい。

 

バーニング 劇場版(字幕版)

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ハナレイ・ベイ

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  • 発売日: 2019/02/27
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